* 刹那さえ… *





「アっ、」

妙な声を上げられて、動きを止めた。
重なるはずだった唇は寸前で空中に静止したまま、彷徨う。
欲望に濡れていたはずの唇が、触れ合うはずだった熱に拒絶され、急速に乾いていく。

「?」

拒絶されたのは、はじめて。
いつも任務から帰ってきたときは、しつこいくらいに迫ってくるラビが。
不審に思ってラビを見ると、決まりの悪そうな顔をして俯いていた。

「白馬の王子様か、って聞かれた」
「は?」
「任務先の村でさ、女の子に。違うって言ったら泣かれちゃって」
「?」

なんの話だ。俺に関係あるのか?

「赤い糸って信じてるか、とも聞かれた」
「信じてるのか?」
「んー、どっちでもない、かな。そう言ったら、また泣かれちゃって……」

力なく微笑んでみせるラビは、どこか疲れてみえた。

「オレ、ユウのこと本当に好きだよ」

コイツが改めてこういうことを言い出すときは、良い話のときじゃない。
大抵は、聞きたくもない話。

「だけど、世間からみたら、オレたちって不自然じゃん」
「だから?」

だから、なんだっていうんだ。
いまさら、そんな、本当にいまさらな問題を突きつけられても、答えられない。

「不自然を貫いて一緒にいるくらい、好きだけど」
「だけど?」
「ん、だけど……」

別れを突きつけたいなら言い淀むなよ。
不自然を承知で始まった関係に、いまさら文句は言わせない。
それを、拒絶の理由なんかにさせない。

「ゴメン。オレ、白馬の王子とかじゃないから」
「へぇ?」

さしずめオレンジ王子?
なんとなく喰えそうで、そのうえ中途半端に旨そうで、ピッタリじゃねェか?
それとも眼帯王子か?
間抜けな名前も、似合ってるんじゃねェか?

「でも、運命の赤い糸とかオレたちの間にはないかもよ」
「そうかもな」
「あっても、もう、切れちゃってるかも」
「あぁ、そうかもな」

切れた糸は何度でも結べるだろ。
たとえ初めからなかったとしても、勝手に糸引きゃいいだろ。

「感傷的になってんじゃねェよ」
「――っ、そんなん、」
「違うってンなら、今すぐ全部否定しろ」

その情けねェ顔も、
悔しさに握った拳も、
俺の口付けを避けた唇も、全部。

「ラビ」

もう後戻りはできないんだ。一歩も。
俺だって、お前がいなくなるのは、嫌だ。
失うなんて考えられない。

何かの理由で二人が引き裂かれることになったとしても。
道徳的な倫理的な、理由をいくら振りかざされても。
別れるなんて考えられない。

戦争中に命を落とすことも。
たとえ戦争に生き延びたって、何十年か先に死が二人を分かつことも。
今は何も、考えられない。

なにもかも みうしなうくらい すきなんだよ

「期待してねェんだよ」
「え」
「白馬の王子も、運命の赤い糸も」

そんな御伽噺。最初から、テメェに期待してない。
欠片ほども、思ったことはない。

俺が期待してるのは、

「ラビだけだ」

それだけで満たされているから。
余計な心配してんじゃねェよ。

「おい、聞いてんのか」
「あ、うん」

呆けた返事が返ってきて、怪訝な顔つきになる。

「ユウがユウじゃないみたいな、こと言うから」
「お前が、お前らしくねェこと言うからだろうが」

不機嫌を顕にして、吐き捨てるように言えば、ラビが苦笑した。

「ごめん」
「別に謝ることじゃ……」
「キス、拒否ったから」

近づく唇を待つ。
その時間さえ、惜しい。



END......